スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

色々ありました

死に関するお話。
8月25日(土)
夜、電話にて突然の祖母の訃報。
入院中だったけど、これから手術しなくても通院と家での注射で済むようにする為の手術で、無事成功して、あと数日して溜まった腹水が抜けたら退院という状況でした。
原因は不明(心臓発作?)
たまたま実家に帰ってきていた兄と母とで入院先の病院に駆けつけて、そのままお通夜の会場に運び込まれてなんやかや。
祖母の実家で近い親戚で集まって話し合いとかして、2:30頃に帰宅。

26日(日)
朝にいったん京都に戻った兄が昼前にまた来て、それから再びお通夜式場へ。
お通夜をしました。
その晩は泊まりました。

27日(月)
私は式場から出勤。
この日の仕事が考えなくても出来る仕事だったから良かったけど、集中しなくていいからこそ祖母のことばかり考えてしまって情緒不安定。
目も腫れてるし痛いし、出勤しなきゃ良かったと後悔したけど、月2の共同作業が翌日に控えていたのをすっかり忘れてたからやっぱり出勤して良かった。
すっぽかしてたら職場だけじゃなく病院の先生とかにも迷惑かけるとこだった。
共同作業相手の先輩に相談して、翌日する予定だっのをら切り上げてこの日に一気にやった。
いつもは2日かけて入力してるのを1日でやらなきゃいけないから早退は無理だったけど、「入力は大木さんにしか出来ないから、それだけやってくれたら後は私がやるから今日ははよ帰り」と先輩が言ってくれて助かった。
一度実家に帰って犬猫の世話して、それから再び式場に向かう。
母と兄はずっと式場に缶詰めだったけど、父も北海道から来てました。

28日(火)
葬式。

29日(水)
「忙しいから手伝ってね」と言われていたから月曜に頑張って仕事済ませたのにこの日は何も予定がなかった。
まあ泣きすぎだわ寝てないわ疲れてるわ何も考えられないわで出勤したらたぶん後悔しただろうけど。
空気読めない父の自己中っぷりに最大限に苛々し通しで、あとはひたすらぼんやりしてた。
兄は昼に京都に戻った。

30日(今日)
出勤。
でも母が心配なので早退して早く帰った。



幼い頃から可愛がられ懐いてて、中学校の時には一時期を親元から離れて祖母にお世話になり、大学生の時は母と祖母とで暮らし、社会人になって母が祖母の家を追い出されてから数ヶ月は祖母と二人で支え合い、私も追い出されてからは神戸の私の実家で母と祖母と時々兄とで暮らしてきました。
私にとっては母にも似た存在でした。
悔しいし悲しいし寂しいし辛いし、死に方に納得出来ないというか釈然としないというか、「何で?」という思いが消えません。
確かに祖母は身体が弱ってきていたけど、全然死ぬような状況じゃなかったし、死に顔見ても普通で呼吸してるような目の錯覚を覚えたほど。
訃報の電話で母が兄を呼んだ時、兄は声の調子で分かったそう。
「あ、死んだ」って思ったらしい。
でもそれは、少し前に死にそうになってたココか、最近何も食べなくて栄養失調になっていた小梅か、どちらかだと思ったそう。
祖母だと聞いて、何の冗談かと思ったそうです。母も悪戯電話だと思ったよう。そのぐらい不意打ちだった。
意味不明すぎてまるで殺されたみたい。実質殺されたようなもんだけど。絶対に許さない。

でも私は大丈夫です。
それなりに食べて寝てます。
一番辛いのは母と祖母の姉です。
今日はもう、思考力も戻ってきたし、そろそろうわべだけでも気持ちを切り替えます。
母を支えないといけないと思います。
落ち着いたら祖母の姉も神戸に遊びに来てもらって労りたいと思います。


というわけでワイルドに寝るぜ!!!ここんとこずっとうつらうつらとしか寝てないから眠い!!!
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。